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Ukraine(ウクライナ)

首都  キエフ
公用語 ウクライナ語 (備考;旧ソヴィエト連邦であったため、ロシア語も広く通用)
人口  約4,430万人
通貨  ウクライナグリブナ (1ウクライナグリブナ=¥4.22 ;2017年11月現在)
時差  UTC+2 (日本とは7時間の時差、夏季Daylight Saving Time時は6時間の時差)
 
【歴 史】
現在ウクライナとして知られている土地は古の多様な歴史を持ち、黒海に面し、アジアから
ヨーロッパへのゲートウェイに位置していたため長らく争いの土地でした。
2世紀から9世紀にかけて東ゴート族、フン族、カザール族によって争われた喧噪の土地でした。
882年にノブゴロドのオレィがキエフの統治者であると宣言しました。街は繁栄を極めてキエフは
ルス人の国として強大になっていきます。しかし混乱の続く国内の内紛はずっと悩みの種でした。
988年にウラジーミル1世がコンスタンチノープルを訪れ、キリスト教を受け入れ、
ロシア・ウクライナ正教会を創立し、今までの彼の主義を転換しました。
13世紀頃までに東ウクライナの大半が、そして南ウクライナが14世紀末頃までにゴールデンホルデを拠点としたヴォルガの支配下に落ちました。
しかしながら、その帝国は増長するロシア、ポーランド、リトアニア軍の圧力に屈し崩壊しました。
15-16世紀にわたり、強い影響力を与えたのがロシアとポーランドです。
その後、両国は1660年に戦争を交え、キエフと北方の領域はロシアに、ドニエプル川から西岸地域はポーランドに分割されました。
しかしながらロシアは18世紀末にハプスブルグ家のオーストリア=ハンガリー帝国の領土であった最も西方の地域を除き
ウクライナの大半を支配地域に置いたのです。
第1次世界大戦中、帝政ロシアの崩壊と共にウクライナは実質的に独立の機会を得ます。
内戦の間、国は幾多の軍隊で争われていましたが1922年に再びロシア、ポーランド、
チェコスロバキア、ルーマニアによって分割されます。ロシアの統治領域はソヴィエトの一部分でしたが、スターリンはウクライナの愛国主義勢力に疑念を持ち、社会的実験の地としてこの国を利用しました。そしてそれは1932-1933年に3百万人のウクライナ人を飢餓で殺したことで頂点に達したのです。
第2次大戦中、国の大半はドイツの支配下にあり、6百万人のウクライナ人が戦争で亡くなりました。大半の都市が戦後廃墟となり、ソヴィエトは
1939年にポーランドから奪ったウクライナの地域を領土に加えました。ソヴィエトのやり方に異を唱え始まったグラスノスチが既に進行中であった頃、チェルノヴィルの原発事故がつとに悪化し、1988年リヴォフの暴動につながりました。1991年にウクライナはソヴィエトからの独立を宣言し、
ソヴィエト体制はその年の12月25日に消滅しました。
 
【現 在】
レオニード=クチマ大統領は独立後何年にもわたってウクライナの政治を支配しました。
彼は古参のロシア改革派であり失脚しますが、1999年と、2002年にも又、不正選挙の
非難にも拘らず再選されました。
しかしこれらは、ゲオルギー=ゴンガッツェという記者が報じた幾つかの罪の一部にすぎないのかもしれません。当時の首相であったヴィクトル=ヤヌコービッチは、レオニード=クチマのマネーローンダリングの罪が発覚し、退陣に追い込まれます。2004年任期満了に伴い、
クチマは大統領の座から退きました。続く大統領選挙では現職の首相であったヴィクトル=ヤヌコービッチに対抗する、以前の改革派の首相であったヴィクトル=ユーシェンコが罠にはめられました。
クチマの選んだ後継のヤヌコービッチは汚い選挙闘争をする者として多くの人が考えていました。ユーシェンコは毒を盛られ、彼の健康は
何年にもわたってダイオキシンにより蝕まれていました。ヤヌコービッチは小差で選挙戦を制し勝利しましたが、多くの人々はこれが不正選挙であると認識していました。何百何千もの抗議する民衆が街の通りに繰り出しました。いわゆるオレンジ革命の勃発です。
そしてついにユーシェンコが大統領の座に就くことになります。

2006年3月26日の議会選挙でユーシェンコ率いる与党は得票率わずか14%の危機に直面します。そこで他の政党と広く一緒になって連立体制を
維持しました。2008年10月9日、何週間にもわたる政治問題の後、西側と関るユーシェンコの連立政権は崩壊し議会を解散して選挙を呼びかけたのでした。2010年2月、大統領選挙において再びヤヌコービッチ、ユーシェンコ、ティモシェンコらが選挙を戦い、親ロシア派で知られるヤヌコービッチが大統領に選出されました。
2008年11月、IMFは金融危機に直面しているウクライナに対して現金準備を潤沢にし、通貨を救済するため165億ドルにのぼる融資を
決定しました。
 

【地 理】
ウクライナは欧州で最も広大な領域を持った国です。地形は全体として緩やかに続く草原と所々に樹木が生い茂る草原とがドニエプル川によって分けられています。
唯一大きな山々は、西のカルパチア山脈と南のクリミアにあり、ウクライナ中央の肥沃な
腐葉土のベルト地帯は黒土地帯という言葉で知られています。
黒土地帯は別名ヨーロッパのパンのバスケットとも言われています。
国土は豊かで野生の動物はヘラジカ、鹿、豚、ヒグマや狼などが棲息し、森には非常に
多くの草花が咲きほこります。
【気 候】
ウクライナ内陸部は比較的温暖な大陸性気候です。最も暑い月は7月で平均気温はおよそ23℃、一方最も寒い月は1月で氷点下の気温が続きます。
クリミア半島地域は冬寒く、夏暑い気候となっています。
 
【位 置】
ウクライナの面積はテキサス州と比較すると603,700k㎡とやや小さいです。ウクライナは北にベラルーシ、東にロシア、南に黒海、西にルーマニア、
モルドバ、ハンガリー、スロバキア、そして北西にポーランドと国境を接しています。
ウクライナは地政学上、ヨーロッパとアジアの交わる地域として重要な意味があります。
全体で4,663kmの国境線と2,782kmの海岸線を持っています。ウクライナの首都はキエフで国土の中央部よりやや北に位置しています。
 
【行政地域】
ウクライナは24の州と2つの特別行政区(キエフとセヴァストポリ)、1つの自治共和国に分かれています。
州ではソヴィエト時代、独自の旗を持つことが許されませんでした。
 
【人口統計】
ウクライナの人口は2014年の推計で44,290,000人。今日ウクライナの人口推移の傾向は、幾つかの要因に象徴されます。
それは低い出生率と死亡率の固定化、老齢化と健康の悪化です。
かつて出生率は欧州では最も低く、逆に子供の死亡率や離婚率は最も高くなっていました。
しかし近年出生率は徐々に回復し欧州の水準に近づいてきています。
 
【宗 教】
ウクライナは概ねキリスト教正教会を信仰しています。ウクライナ東部と南部で最も一般的なのは
中央のロシア正教会モスクワ大司教傘下のウクライナ正教会です。
又、西ウクライナには、キエフのフィラーレ大司教率いる未承認のウクライナ正教会があり、
着々とその影響力を増しつつあります
西部地域のガリシア地方に住むウクライナ人の一部は、東方式のカソリック教会、さらに具体的には
ウクライナ=ギリシャカソリック教会に帰属しています。
同様に幾つものプロテスタント教会も又、影響力を強めつつあります。
【民族構成】
主な民族構成は、ウクライナ人77.8%、ロシア人17.3%、ベラルーシ人0.6%、モルドバ人0.5%、クリミアタタール人0.5%、ブルガリア人0.4%、
ハンガリー人0.3%、そしてルーマニア人0.3%です。
 
【言 語】
公用語はウクライナ語。東スラブ語族のウクライナ語を母国語とするウクライナの人口は67.5%にものぼります。ロシア語を母国語とする人口は29.6%、他は他言語を母国語とする人たちです。民俗言語のリストに合計で40もの少数民族の言語と方言が記されています。
アブハジア語、アルメニア語、バルカン=ロマンス語、バルト=ロマンス語、バシキール語、白ロシア語、カルパチア=ロマンス語、チュバシ語、
クリミアタタール語、チェコ語、ダーグア語、東イディッシュ語、エルズィア語、ガガウス語、グルジア語、ガトランダー語、スウェーデン語、ギリシャ語、ハンガリー語、ジャカティー語(パキスタンのパンジャブ地方由来)ジャシック語(ペルシャ由来)、カザフ語、ラック語、ラトビア語、リトアニア語、
レッジャン語、モルドバ語、オセチア語、ポーランド語、ルーマニア語、ルス語、セルビア語、スロバキア語、ドイツ語、タジク語、タタール語、
アルバニア語、トルコ語、ウズベク語、ウルミア語、ヴラックス=ロマンス語、ウクライナ手話語、そしてヤクート語です。
 
【経 済】
近年GDPが急速な成長をしているウクライナ経済は自由主義経済です。ウクライナ経済は世界で45位にランクされており、2008年の名目GDPに
よれば3,990.866億ドル、一人当たりは8,624ドルでした。
以前ウクライナは工業、農業両面に於いてソヴィエト連邦の屋台骨としての役割を果たしてきましたが、1990年代に大幅な景気後退を経験し、
超インフレや劇的な生産高の落ち込みを伴いました。2000年には初めてのGDPのプラス成長を記録し経済改革は進行中です。2007年になって経済は成長し続け、GDP成長率7%を記録しました。
ウクライナは比較的天然資源、特に鉱物資源に恵まれています。原油や天然ガスはあるが多くは採掘されて細っています。
他の重要なエネルギー資源として石炭、水力発電、ウラン等の鉱物資源です。
ウクライナは鉄鋼や金属パイプ等を製造する大規模な鉄鋼産業を有しています。
 
2005年現在、ウクライナは世界第8位の鉄鋼生産国となっています。他の重要な産業はコークス生産や、肥料生産、硫酸等を含む化学工業です。
生産される工業品は治金工具、ディーゼル機関車、トラック、自動車等が含まれます。旧ソ連の電気、軍需産業、航空宇宙産業などの巨大なハイテク産業があります。
しかしながら、これらの分野の産業は国有化されており、商用化という意味においては未開発です。ウクライナは穀物、砂糖、畜産、酪農といったアグリビジネスにおいては
巨大な生産国です。しかし2008年の金融危機の影響を大きく受け、その結果として
世界銀行は2009年にウクライナ経済が15%縮小し、同年に16.4%のインフレを予測しています。
大方の著名なエコノミストが経済予測をかなり楽観的にとらえていたのに反して、ウクライナ政府は2009年のGDP成長率を-0.8%、
インフレーション率を1.1%と発表しました。
2005年1月ヴィクトル=ユーシェンコに政権が移ったオレンジ革命から5年、ウクライナ経済は1990年のソヴィエト経済と体制の内部崩壊以来の
危機に直面しています。
 
【ウクライナ料理】
ヴァレニキ
赤いトマトソースがないラビオリに似ています。
半月形で小麦粉に水を加えて薄くのばして作った皮にジャガイモ、キャベツ肉、キノコ、豆類、チーズ類、
芥子の実、桜桃や苺などの果物で作った具を包んで水餃子風に茹でた食べ物です。
一般的にスメタナやバターで調味されます。

 

ボルシチ
一般的にビートから作られる野菜スープです。東スラブ世界で人気のある料理。
日本人もこのボルシチだけは知名度が高いためか知っている方が多いですね。
ボルシチには30以上ものレシピが存在する位多様で、よく各種の肉等がここに入る場合が多いです。
スメタナというヨーグルトとサワークリームの中間の様な酸味の効いた白いソースを上にかけて
食べると絶品です。寒い冬にはつい食したくなる代表的料理。

 

リビフカ
ヴォリン地方のヴシュカと一緒に出される茸スープ
ソリャンカ
肉、魚、キノコなどの香辛料をたっぷりと使ったスープ
ロソリュニャク
ピクルス入りのスープ
ユシュカ
鯉のスープ、ロシアのウハーに似ています。
ヴシュカ
餃子の様な皮に包まれた三角形の食べ物でスープに入れたり、単体で食べられたりします。
炒めた茸などが入っています。

 

クヴァス
ほのかに甘くライ麦から作られる夏季限定のノンアルコール飲料です。
ロシア、CIS諸国でクヴァスを知らない人はいません。
麦の味わいがあって大変美味しく、喉の渇きを癒してくれます。
巨大なタンクに入れられ街道沿いで売られている夏の風物詩となっています。
つい立ち止まって買ってしまいます。ライ麦ジュースの表現がぴったり。

 

キエフ風トルテ
何層ものクランベリーとウェファス、ヘーゼルナッツなどが入っている
甘~いケーキのお菓子。ホントに甘いんです。

 

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